小雨の中を急いで撮ったのでピンボケですが、広島の平和公園の桜が咲き始めました。芝生の上には場所取りの洋上シートが敷いてありました。
2012年4月6日金曜日
PFドラッカー365の金言より 236
<< 本文 >> 「すでに起こった未来」
短期と長期の両立こそ、マネジメントにとって決定的な試金石がある。イノベーションと生産性が道しるべである。イノベーションと生産性を犠牲にした利益は、利益ではない。資本を食潰しているに過ぎない。逆にイノベーションに成功して生産性を向上させるならば、必ず利益を上げることができる。今日だけでなく、明日も利益をあげることができる。
知識は仕事に適用されて富の源泉となる。仕事に適用されない知識を有していても、単なる情報通(モノ知り)に過ぎない。そこに企業の機能がある。
(コメント)
私は事業活性化のお手伝いをするときに必ず「1人1時間当たりの生産性」を指数として毎月チェックするようにお勧めしています。業績不振に陥っている企業ですから、従来通りのことを継続するだけでは決して事業活性化を実現することができません。しかし、何を行えば事業活性化を果たすことができるのかは中々判断し難いものです。そこで、最初に十分なコーチングを行ったうえで何か新しいことを始めてもらいます。最初の間は「1人1時間当たりの生産性」は無視して、生産性(利益額)の変化だけを注視しています。売上高は生産性を示す指標ではありません。そして、新しいことの中からより効果の高いものを取捨選択して、それに集中するようにして貰います。こうして危機的状況が乗り切れ体力的に少し余力ができる兆しが見えたら、直ちに将来に向かっての投資をおこなって頂きます。そして、この一連の事業活性化の過程の中で、特に重視するのが人材の育成です。「将来に向かっての投資」というと、何かの設備投資を連想する人も多いと思いますが、私は人材を人財に育てる投資こそが本当の意味で将来に向かっての投資であると考えています。
いにしえの言葉に「一人の人によって国は興り、一人の人によって国は亡びる」とあります。
また、どんなに優秀な設備や機械、あるいは豊富な資金があったとしても、それを使いこなせる人財がいなければ、企業は存続・維持・発展のために必要な利益を確保することは難しくなってしまいます。
しかしながら、人財の育成には時間がかかります。「人材」は雇うことができますが、「人財」を雇うことは難しく育てるものだと言います。従って、人財への投資が本当の意味で「将来に向かっての投資」であると考えています。
長期と短期のバランスをとることがマネジメントの宿命です。目先の利益最大化だけを目指していては明日は保証されません。しかし、いまの利益が確保されなければ明日の準備はできません。人のもつ知識と経験を活かして今日の利益を実現し、そのことを通じて知識と経験の幅またはレベルを高めることで明日への準備をしていく仕組み創りが組織には必要です。
短期と長期の両立こそ、マネジメントにとって決定的な試金石がある。イノベーションと生産性が道しるべである。イノベーションと生産性を犠牲にした利益は、利益ではない。資本を食潰しているに過ぎない。逆にイノベーションに成功して生産性を向上させるならば、必ず利益を上げることができる。今日だけでなく、明日も利益をあげることができる。
知識は仕事に適用されて富の源泉となる。仕事に適用されない知識を有していても、単なる情報通(モノ知り)に過ぎない。そこに企業の機能がある。
(コメント)
私は事業活性化のお手伝いをするときに必ず「1人1時間当たりの生産性」を指数として毎月チェックするようにお勧めしています。業績不振に陥っている企業ですから、従来通りのことを継続するだけでは決して事業活性化を実現することができません。しかし、何を行えば事業活性化を果たすことができるのかは中々判断し難いものです。そこで、最初に十分なコーチングを行ったうえで何か新しいことを始めてもらいます。最初の間は「1人1時間当たりの生産性」は無視して、生産性(利益額)の変化だけを注視しています。売上高は生産性を示す指標ではありません。そして、新しいことの中からより効果の高いものを取捨選択して、それに集中するようにして貰います。こうして危機的状況が乗り切れ体力的に少し余力ができる兆しが見えたら、直ちに将来に向かっての投資をおこなって頂きます。そして、この一連の事業活性化の過程の中で、特に重視するのが人材の育成です。「将来に向かっての投資」というと、何かの設備投資を連想する人も多いと思いますが、私は人材を人財に育てる投資こそが本当の意味で将来に向かっての投資であると考えています。
いにしえの言葉に「一人の人によって国は興り、一人の人によって国は亡びる」とあります。
また、どんなに優秀な設備や機械、あるいは豊富な資金があったとしても、それを使いこなせる人財がいなければ、企業は存続・維持・発展のために必要な利益を確保することは難しくなってしまいます。
しかしながら、人財の育成には時間がかかります。「人材」は雇うことができますが、「人財」を雇うことは難しく育てるものだと言います。従って、人財への投資が本当の意味で「将来に向かっての投資」であると考えています。
長期と短期のバランスをとることがマネジメントの宿命です。目先の利益最大化だけを目指していては明日は保証されません。しかし、いまの利益が確保されなければ明日の準備はできません。人のもつ知識と経験を活かして今日の利益を実現し、そのことを通じて知識と経験の幅またはレベルを高めることで明日への準備をしていく仕組み創りが組織には必要です。
2012年4月5日木曜日
PFドラッカー365の金言より 235
<< 本文 >> 「ポスト資本主義社会」
知識の生産性をあげるには、色々な専門知識を「結合(統合)」することを学ばなければならない。
学んだり教えたりする上では、道具に焦点を合わさなければならない。しかし、仕事をする上では、成果、課題、仕事に焦点を合わさなければならない。
結合(統合)するには、問題解決の方法論よりも問題定義の方法論が必要である。知識や情報の分析とともに、問題への取り組みにかかわる方法論が必要である。
従って、意思決定にあたっては、方法論よりも問題の定義に時間を割くべきである。
(コメント)
インターネットが普及したので、情報を得ることは容易になりました。しかし、自らの問題・課題を解決するためには、手に入れた色々な情報・専門知識を結合(統合)して解決を図る必要があります。そして更に、自らの本当の問題・課題が何であるかを間違えていると、どんなに良い解決方法を考え出しても、本当の問題・課題が解決されることはありません。従って、方法論を説く前に、本当の問題点(真因)を解明することが大切です。
社会保険労務士としての業を行いながら、各企業さんから色々な問題・課題のご相談を承っていますが、問題・課題を捉え間違えていらっしゃる場面によく出くわします。これでは、どんなに一生懸命に頑張っても、本当の問題・課題が解決されることは無いのです。そして、一番多いのは、真因を解明して方法論を説明すると、「知っとる、知っとる」と言われる人です。いざ、このような人に実行してもらうと出来ないことが多いのです。何故なら、私が提案する解決策は色々な専門知識を結合(統合)したものですから、断片的な専門知識を知っていても活用できないのです。
私は何かご相談を頂いたときに、ロジック・ツリーを描くようにしています。ロジック・ツリーを用いることで、漏れやダブリを防ぎ、それぞれの情報・知識・方法を結合(統合)するのです。ロジックツリーを描くことは一見、手間のかかる作業ですが、結果的にはこの方法を最初にやる方が有効かつ効率的に問題・課題の解決を図ることができるのです。そして、その際には必ず「本当の原因(真因)」は何なのか?を考えるようにしています。
知識の生産性をあげるには、色々な専門知識を「結合(統合)」することを学ばなければならない。
学んだり教えたりする上では、道具に焦点を合わさなければならない。しかし、仕事をする上では、成果、課題、仕事に焦点を合わさなければならない。
結合(統合)するには、問題解決の方法論よりも問題定義の方法論が必要である。知識や情報の分析とともに、問題への取り組みにかかわる方法論が必要である。
従って、意思決定にあたっては、方法論よりも問題の定義に時間を割くべきである。
(コメント)
インターネットが普及したので、情報を得ることは容易になりました。しかし、自らの問題・課題を解決するためには、手に入れた色々な情報・専門知識を結合(統合)して解決を図る必要があります。そして更に、自らの本当の問題・課題が何であるかを間違えていると、どんなに良い解決方法を考え出しても、本当の問題・課題が解決されることはありません。従って、方法論を説く前に、本当の問題点(真因)を解明することが大切です。
社会保険労務士としての業を行いながら、各企業さんから色々な問題・課題のご相談を承っていますが、問題・課題を捉え間違えていらっしゃる場面によく出くわします。これでは、どんなに一生懸命に頑張っても、本当の問題・課題が解決されることは無いのです。そして、一番多いのは、真因を解明して方法論を説明すると、「知っとる、知っとる」と言われる人です。いざ、このような人に実行してもらうと出来ないことが多いのです。何故なら、私が提案する解決策は色々な専門知識を結合(統合)したものですから、断片的な専門知識を知っていても活用できないのです。
私は何かご相談を頂いたときに、ロジック・ツリーを描くようにしています。ロジック・ツリーを用いることで、漏れやダブリを防ぎ、それぞれの情報・知識・方法を結合(統合)するのです。ロジックツリーを描くことは一見、手間のかかる作業ですが、結果的にはこの方法を最初にやる方が有効かつ効率的に問題・課題の解決を図ることができるのです。そして、その際には必ず「本当の原因(真因)」は何なのか?を考えるようにしています。
2012年4月4日水曜日
PFドラッカー365の金言より 234
<< 本文 >> 「明日を支配するもの」「知識労働者の生産性」
今日、知識はいかなる分野においても急速に変化している。そのため、知識労働者は自らの仕事に継続学習を組み込んでおかない限り、急速に時代遅れとなっていく。
しかも知識の専門家たる者は、同僚が何をしているかを知らなければならない。それぞれが別の専門領域にあり、連携して一つの成果を成し遂げるからである。従って、知識労働者は自らの専門領域について同僚に知らせる責任を持つ。特に専門領域において知識上の変化があったときに、このことが言える。
ということは、知識労働者たる者は、
第一に、自らの専門領域において知識の最先端にある為には自らが何を学ばなければならないか、
第二に、自らの専門領域とその貢献について同僚は何を知らなければならないか
について本腰を入れて考え、答えを出さなければならないことを意味する。
(コメント)
継続学習を続けなければ、知識が直ぐに陳腐化する時代であることは明らかであると思います。余り変化しないものと考えられていた法律でさえ、ここ数年で様変わりし始めています。社会保険労務士として業をなしていると、企業の総務担当者が一昔前の法律しか知らない場面をよく体験します。
また、パソコンを初め通信機器に関しての変化は目まぐるしいものがあります。
そして更に、先生がここで言われたいことは、「仕事は自分一人でできるものではなく、他に協力者がいて初めて成果があがるものだから、自らが継続学習を続けることは当然のこととして、更に協力者にもその変更点・改正点だけは連絡をしておく必要がある。その為には協力者が有効な協力者であるためには何を知っておく必要があるかを知らなければならない」ということだと思います。
例えば、私は社会保険労務士として業をなしています。社外から社内の人事・労務に関する仕事をサポートしている訳ですが、企業内部の情報が私に正しく伝わってこないと仕事ができません。その為、企業内部に私への連絡窓口を設けることを依頼しています。そして、私はその窓口になった人に私に伝えるべき情報は何であるかを予め伝えています。こうして業務を開始すると、後は業務処理を繰り返しながら、その窓口になった人に段階的に必要最低限の法律知識を教育していきます。
いま、ある企業の給与体系と評価制度の洗い直しを行っていますが、この場合にも、総務の2名(部長と課長)に対して約半年間に渡り基礎知識を教育します。こうして私に正しい情報が伝わる状態を創り上げたうえで、技術的な変更手続きを開始します。不思議なもので、このやり方を取ると、現在の2名もそうですが、副産物として経営者意識が芽生えてくるのです。私のスタンスは、「先生が来て教えてくれて新しいものを創ってくれる」(結論だけを求めるときにはこの方が早いのですが)というものではなく、「共に悩み、共に学習・研究し、共に創り上げていく」というスタンスです。こうすると時間はかかりますが、給与体系だけでなく組織の中で色々な新しい動きが起こり始めます。
今日、知識はいかなる分野においても急速に変化している。そのため、知識労働者は自らの仕事に継続学習を組み込んでおかない限り、急速に時代遅れとなっていく。
しかも知識の専門家たる者は、同僚が何をしているかを知らなければならない。それぞれが別の専門領域にあり、連携して一つの成果を成し遂げるからである。従って、知識労働者は自らの専門領域について同僚に知らせる責任を持つ。特に専門領域において知識上の変化があったときに、このことが言える。
ということは、知識労働者たる者は、
第一に、自らの専門領域において知識の最先端にある為には自らが何を学ばなければならないか、
第二に、自らの専門領域とその貢献について同僚は何を知らなければならないか
について本腰を入れて考え、答えを出さなければならないことを意味する。
(コメント)
継続学習を続けなければ、知識が直ぐに陳腐化する時代であることは明らかであると思います。余り変化しないものと考えられていた法律でさえ、ここ数年で様変わりし始めています。社会保険労務士として業をなしていると、企業の総務担当者が一昔前の法律しか知らない場面をよく体験します。
また、パソコンを初め通信機器に関しての変化は目まぐるしいものがあります。
そして更に、先生がここで言われたいことは、「仕事は自分一人でできるものではなく、他に協力者がいて初めて成果があがるものだから、自らが継続学習を続けることは当然のこととして、更に協力者にもその変更点・改正点だけは連絡をしておく必要がある。その為には協力者が有効な協力者であるためには何を知っておく必要があるかを知らなければならない」ということだと思います。
例えば、私は社会保険労務士として業をなしています。社外から社内の人事・労務に関する仕事をサポートしている訳ですが、企業内部の情報が私に正しく伝わってこないと仕事ができません。その為、企業内部に私への連絡窓口を設けることを依頼しています。そして、私はその窓口になった人に私に伝えるべき情報は何であるかを予め伝えています。こうして業務を開始すると、後は業務処理を繰り返しながら、その窓口になった人に段階的に必要最低限の法律知識を教育していきます。
いま、ある企業の給与体系と評価制度の洗い直しを行っていますが、この場合にも、総務の2名(部長と課長)に対して約半年間に渡り基礎知識を教育します。こうして私に正しい情報が伝わる状態を創り上げたうえで、技術的な変更手続きを開始します。不思議なもので、このやり方を取ると、現在の2名もそうですが、副産物として経営者意識が芽生えてくるのです。私のスタンスは、「先生が来て教えてくれて新しいものを創ってくれる」(結論だけを求めるときにはこの方が早いのですが)というものではなく、「共に悩み、共に学習・研究し、共に創り上げていく」というスタンスです。こうすると時間はかかりますが、給与体系だけでなく組織の中で色々な新しい動きが起こり始めます。
2012年4月3日火曜日
PFドラッカー365の金言より 233
<< 本文 >> 「企業とは何か」
人間社会に関わる事柄について重要なことは、「正しい」か、「間違い」かではない。「うまくいく」か、「うまくいかない」かである。常々言っていることだが、マネジメントは神学ではない。実学である。マネジメントの値打ちは、医学と同じように、うまくいくか、いかないかによって判断しなければならない。もちろん私は、基本的な価値、特に人間の価値を信ずる。しかし、唯一無二の答えというものは信じない。いかなる答えにも誤りがある恐れがある。少なくとも、あらゆる答えを試してみるまでは、その恐れがある。経営政策というものは、人が考えたものである以上、唯一絶対たり得ず、せいぜいの処、正しい問いを見つけるための問題提起に過ぎない。
(コメント)
この指摘は非常に重要だと考えます。得てして、考え抜いて得た結論を実行しようとするときに絶対に正しいと思い込んでしまう傾向があります。ある反面では、そう思えなければ成功するものさえ失敗してしまうことがあります。しかし、ここで大切なことは「絶対に正しい」と独善的にならないことが必要です。
まず何かをやり始めようとするときには、その「ことの善悪」を考えることが必要です。そして次に、それを実現する方法を考えるときには、何が正しいか、何は間違えかではなく、どうすれば上手くいくかと考える必要があります。最初にその目的を考えるときには「善悪の判断」は必要ですが、達成する方法を検討するときには「善悪」の判断ではなく、「どうすれば上手くいくか」の判断が必要です。同じ目的を達成するにしても、協力してくれる人達が異なり、顧客が異なり、地域も異なり、経営資源の貧富も異なる訳ですから、いかなる状況下でも絶対的に正しい方法というのはあり得ないのです。しかし、人間の性としてのリーダーの「思い込み」により、得てして絶対に正しいと考えてしまい、上手くいく方法を排除してしまう傾向があるので注意を要します。
これを防ぐには、「聞く」「聴く」「訊く」ことが必要であると考えます。
人間社会に関わる事柄について重要なことは、「正しい」か、「間違い」かではない。「うまくいく」か、「うまくいかない」かである。常々言っていることだが、マネジメントは神学ではない。実学である。マネジメントの値打ちは、医学と同じように、うまくいくか、いかないかによって判断しなければならない。もちろん私は、基本的な価値、特に人間の価値を信ずる。しかし、唯一無二の答えというものは信じない。いかなる答えにも誤りがある恐れがある。少なくとも、あらゆる答えを試してみるまでは、その恐れがある。経営政策というものは、人が考えたものである以上、唯一絶対たり得ず、せいぜいの処、正しい問いを見つけるための問題提起に過ぎない。
(コメント)
この指摘は非常に重要だと考えます。得てして、考え抜いて得た結論を実行しようとするときに絶対に正しいと思い込んでしまう傾向があります。ある反面では、そう思えなければ成功するものさえ失敗してしまうことがあります。しかし、ここで大切なことは「絶対に正しい」と独善的にならないことが必要です。
まず何かをやり始めようとするときには、その「ことの善悪」を考えることが必要です。そして次に、それを実現する方法を考えるときには、何が正しいか、何は間違えかではなく、どうすれば上手くいくかと考える必要があります。最初にその目的を考えるときには「善悪の判断」は必要ですが、達成する方法を検討するときには「善悪」の判断ではなく、「どうすれば上手くいくか」の判断が必要です。同じ目的を達成するにしても、協力してくれる人達が異なり、顧客が異なり、地域も異なり、経営資源の貧富も異なる訳ですから、いかなる状況下でも絶対的に正しい方法というのはあり得ないのです。しかし、人間の性としてのリーダーの「思い込み」により、得てして絶対に正しいと考えてしまい、上手くいく方法を排除してしまう傾向があるので注意を要します。
これを防ぐには、「聞く」「聴く」「訊く」ことが必要であると考えます。
2012年4月2日月曜日
PFドラッカー365の金言より 232
<< 本文 >> 「明日を支配するもの」
高度の知識を必要とする知識労働において、既に我々は仕事の質を測定している。心臓手術など難度の高い手術については、成功率によって外科医の腕前を測定している。
だが、問題は測定にあるのではない。そもそも仕事が何であり、何でなければならないのかを明確に定義できないことにある。
その良い例がアメリカの初等教育である。都市部の公立学校がひどい状況にある。その公立学校のすぐ隣に、同じような子供を相手にしながら立派に躾けをし、学ばせている私立学校がある。違いの原因については様々なことが言われている。だが、最大の原因は仕事の定義が異なることにある。
公立学校では、恵まれない子供を助けることを仕事としているのに対し、私立学校とくにカトリックのミッション・スクールでは、学びたい子供が学べるようにすることを仕事としている。前者が失敗を基準としているのに対し、後者は成功を基準としている。
(コメント)
この先生の文は難解です。しかし、言われたいことは理解できます。「何のために」と問うことが大切であり、目的を明確にしたうえで行っていることの進捗状況を測定しないとトンデモナイ方向に行ってしまうこと、進捗状況や成果を評価する尺度や基準は目的に沿ったものを選択しなければならないということではないかと思います。
教育という同じ行為を行う学校でさえ、アメリカでは公立学校と私立学校とでは目的が違うから自ずからその成果にも差が生じてしまうと言われたいのではないかと考えます。そして、企業においても同様のことが言えると先生は言われたいのではないかと思います。同業種の企業でも、その目的(=企業理念)が違うから、これからやるべきこと、選択すべき道に違いが生じ、成果に対する評価にも差がでることを指摘されたいのではないかと考えます。
私の顧問先に2つのゴルフ場があります。一つは一般企業ですが、残りの一つは社団法人です。社団法人と一般企業とでは目的が違いますから、同じゴルフ場でも業績を評価する際には評価時に使う指標に差があります。そして、選択すべきこれからの道にも差が生じます。
高度の知識を必要とする知識労働において、既に我々は仕事の質を測定している。心臓手術など難度の高い手術については、成功率によって外科医の腕前を測定している。
だが、問題は測定にあるのではない。そもそも仕事が何であり、何でなければならないのかを明確に定義できないことにある。
その良い例がアメリカの初等教育である。都市部の公立学校がひどい状況にある。その公立学校のすぐ隣に、同じような子供を相手にしながら立派に躾けをし、学ばせている私立学校がある。違いの原因については様々なことが言われている。だが、最大の原因は仕事の定義が異なることにある。
公立学校では、恵まれない子供を助けることを仕事としているのに対し、私立学校とくにカトリックのミッション・スクールでは、学びたい子供が学べるようにすることを仕事としている。前者が失敗を基準としているのに対し、後者は成功を基準としている。
(コメント)
この先生の文は難解です。しかし、言われたいことは理解できます。「何のために」と問うことが大切であり、目的を明確にしたうえで行っていることの進捗状況を測定しないとトンデモナイ方向に行ってしまうこと、進捗状況や成果を評価する尺度や基準は目的に沿ったものを選択しなければならないということではないかと思います。
教育という同じ行為を行う学校でさえ、アメリカでは公立学校と私立学校とでは目的が違うから自ずからその成果にも差が生じてしまうと言われたいのではないかと考えます。そして、企業においても同様のことが言えると先生は言われたいのではないかと思います。同業種の企業でも、その目的(=企業理念)が違うから、これからやるべきこと、選択すべき道に違いが生じ、成果に対する評価にも差がでることを指摘されたいのではないかと考えます。
私の顧問先に2つのゴルフ場があります。一つは一般企業ですが、残りの一つは社団法人です。社団法人と一般企業とでは目的が違いますから、同じゴルフ場でも業績を評価する際には評価時に使う指標に差があります。そして、選択すべきこれからの道にも差が生じます。
2012年4月1日日曜日
PFドラッカー365の金言より 231
<< 本文>> 「明日を支配するもの」「知識労働者の生産性」
仕事の定義が、もたらすべき成果を明らかにする。しかし、何を成果とすべきかの答えは複数ありうる。デパートの場合、買い物一回当たりの売上げかもしれないし、リピート率も正しい。
知識労働者の生産性向上には、あげるべき成果を明らかにすることが必要である。見方は分かれて当然である。リスクもともなう。しかも、知識労働者自身の目的と組織の目的が一致しなければならない。
買い物一回あたりの売上げとリピート率のいずれを成果とするかは、それぞれのデパートのマネジメントが決定することである。知識組織においては、この種の決定が変わることのない重要な問題となる。
(コメント)
「何のための仕事なのか?」「この仕事をすることで会社はどんな目的を達成しようとしているのか?」を考え、もたらすべき成果・結果(=目的)を明らかにすることが非常に大切な時代となっています。そうしなければ、やらなくても良い仕事、つくらなくても良い資料など無駄なことをやってしまうからです。
その上で、仕事を遂行する途中で達成度合いを測定するために「目標となる指標」と「期間」を定めなければなりません。これがなければ、やっていることが目的に沿った成果をあげつつあるのか、それとも目的とは違うことをやっているのかさえも判断できません。目標となる指標がなければ、時間だけが無駄に経過し、成果があがるか否かは全てが終わらなければ分からないという博打的な状況になってしまいます。
肉体的労働であれば成果は目で見ることができますが、知識的労働は成果を目で見ることは難しい場合が多い(特に途中経過)ので、先生が言われるように「目的を明確にして」「期間を定め」「達成度合いを測定する指標(目標)」を事前に決めておくことが必要です。何故なら、現代社会は、また特に知識労働は一人でやるものではなく、他の人に利用されて初めて成果となるものですから、他の人にもわかる状態にしなければならないからです。
最近の実話として、ある会社の営業開発部の部長を評価する必要がありました。既に過去3年間にわたり大きな目標を立ててチャレンジすると発表していましたが、いつまで経っても成果があがりません。そこで会社としては、そのプロセスを明らかにするように求めましたが本人は話しを濁して明らかにしようとしません。その為、やむなく実績数字で評価することにしました。その結果、ハッキリと判ったことは、その部長の部門は過去3年間の自部門の人件費さえ稼ぎ出しておらず、平均的営業社員の半分程度の利益しかあげていないことが分かりました。そこで、会社としては部長に今後の明確な計画を明らかにするように要求しましたが、部長は「頑張ります」「是非、続けさせてくださいる」「お願いします」というだけで一向に計画さえもあきらかにしようとしません。その結果、会社としてはその部長を降格せざるを得ないと言う結論に達しました。
この部長はモバイル通信分野、デジタルサイネージ、LEDなど時代の最先端の市場に進出すことを目論んでいたのです。これらの市場は拡大していますから、やり方によっては大きな成果を達成することができます。しかし、その分、競争も激しい市場ですから、中途半端なやり方では敗退してしまうのです。そこで会社としては、成果が上がらない現状を踏まえて、この部長を手助けしようとしたのですが、部長が計画も過去のプロセスも秘密にしてしまうので、会社としてはこのような部長では手助けすることができないと判断した次第です。
仕事の定義が、もたらすべき成果を明らかにする。しかし、何を成果とすべきかの答えは複数ありうる。デパートの場合、買い物一回当たりの売上げかもしれないし、リピート率も正しい。
知識労働者の生産性向上には、あげるべき成果を明らかにすることが必要である。見方は分かれて当然である。リスクもともなう。しかも、知識労働者自身の目的と組織の目的が一致しなければならない。
買い物一回あたりの売上げとリピート率のいずれを成果とするかは、それぞれのデパートのマネジメントが決定することである。知識組織においては、この種の決定が変わることのない重要な問題となる。
(コメント)
「何のための仕事なのか?」「この仕事をすることで会社はどんな目的を達成しようとしているのか?」を考え、もたらすべき成果・結果(=目的)を明らかにすることが非常に大切な時代となっています。そうしなければ、やらなくても良い仕事、つくらなくても良い資料など無駄なことをやってしまうからです。
その上で、仕事を遂行する途中で達成度合いを測定するために「目標となる指標」と「期間」を定めなければなりません。これがなければ、やっていることが目的に沿った成果をあげつつあるのか、それとも目的とは違うことをやっているのかさえも判断できません。目標となる指標がなければ、時間だけが無駄に経過し、成果があがるか否かは全てが終わらなければ分からないという博打的な状況になってしまいます。
肉体的労働であれば成果は目で見ることができますが、知識的労働は成果を目で見ることは難しい場合が多い(特に途中経過)ので、先生が言われるように「目的を明確にして」「期間を定め」「達成度合いを測定する指標(目標)」を事前に決めておくことが必要です。何故なら、現代社会は、また特に知識労働は一人でやるものではなく、他の人に利用されて初めて成果となるものですから、他の人にもわかる状態にしなければならないからです。
最近の実話として、ある会社の営業開発部の部長を評価する必要がありました。既に過去3年間にわたり大きな目標を立ててチャレンジすると発表していましたが、いつまで経っても成果があがりません。そこで会社としては、そのプロセスを明らかにするように求めましたが本人は話しを濁して明らかにしようとしません。その為、やむなく実績数字で評価することにしました。その結果、ハッキリと判ったことは、その部長の部門は過去3年間の自部門の人件費さえ稼ぎ出しておらず、平均的営業社員の半分程度の利益しかあげていないことが分かりました。そこで、会社としては部長に今後の明確な計画を明らかにするように要求しましたが、部長は「頑張ります」「是非、続けさせてくださいる」「お願いします」というだけで一向に計画さえもあきらかにしようとしません。その結果、会社としてはその部長を降格せざるを得ないと言う結論に達しました。
この部長はモバイル通信分野、デジタルサイネージ、LEDなど時代の最先端の市場に進出すことを目論んでいたのです。これらの市場は拡大していますから、やり方によっては大きな成果を達成することができます。しかし、その分、競争も激しい市場ですから、中途半端なやり方では敗退してしまうのです。そこで会社としては、成果が上がらない現状を踏まえて、この部長を手助けしようとしたのですが、部長が計画も過去のプロセスも秘密にしてしまうので、会社としてはこのような部長では手助けすることができないと判断した次第です。
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