<< 本文 >> 「創造する経営者」
未来を予測しようとしても無駄である。しかし、未来をつくるためのアプローチとして、互いに補完関係にある2つの方法がある。
①すでに起こった未来を利用すること
②来るべき未来を発生させること
である。
すでに起こった未来は、組織の内部ではなく外部にある。社会、知識、文化、産業、経済構造にある。それは一つのトレンドにおける小さな変化ではなく、大きなトレンドそのももの変わり目である。すでに起こった未来を探し、それが与える影響を予期することによって、人は新しいものの見方を獲得する。
しかし、未来を予測するだけでは問題を招くだけである。なすべきことは何か、すでに起こった未来に取り組むべきことは何かを考え、或いは来るべき未来を発生させるべく働くことである。
(コメント)
先生は、未来を予測するときに「占い」や「予想」に頼ることを否定されています。時代の大きな流れ(トレンド)の中から、その変化を見つけ出すことを勧められています。
先生は特に人口構造の変化(少子高齢化)を重視するように説かれていますが、卑近な私では人口構造の変化からトレンドを見抜くことは難しいのですが、大震災後からは自動車産業がガソリン車から電気自動車に様変わりしつつあること、インターネット、携帯電話やスマートフォンの普及により情報産業が大きな変わり目を迎えている事は分かります。また携帯電話が普及したため、街角の時計屋さんが消滅し、カメラ屋さんも消滅したこともわかります。コンビニが普及して街角のパン屋さんやタバコ屋さんが消滅していったことも分かります。モノの値段がドンドンと下落していき、従来のようにモノを売って儲けようとしても無理な時代が到来しつつあり、所有価値より使用価値が重視され、そこでは何がしかの人的付加価値(サービス)が必要とされつつあることもわかります。挙げればキリが無い位に、社会が変わり始めていることも分かります。
しかし、変化に気づくだけでは成果とはなりません。計画をたて、行動することが必要です。他に先駆けて変化を起し、消費者ニーズを先導する者には失敗というリスクの代償として利益という報償が用意されています。
2012年2月7日火曜日
2012年2月6日月曜日
PFドラッカー365の金言より 177
<< 本文 >> 「マネジメント・フロンティア」
イノベーションに優れた組織は、イノベーションがアイディアから生まれることを知っている。アイディアは赤ん坊に似ている。小さく未熟で形も定まらない。有望ではあるが実績はない。従って、イノベーションに優れた組織では、どんなアイディアでも「これは馬鹿げたアイディアだ」などとは言わない。これは生まれたての、未熟な、たいのないアイディアを意味あるものにするには何が必要かを問う。
それらの組織は、アイディアの大部分がアイディアのまま終わることを知っている。従って、イノベーションに優れた組織のリーダーは、アイディアをもってくる者に対し、技術・製品・プロセス・事業に育てあげるうえで必要となる仕事について徹底的に考えを求める。本格的に取り組む前に何をしなければならないか、何を見つけ出し、何を知らなければならないかを問う。
しかも彼らは、小さなイノベーションを行うのも大きなイノベーションを行うのも、同じように難しく、同じようにリスクが大きいことを知っている。彼らは製品や技術の小さな改善に留まることをしない。新しい事業を始めることを狙う。
(コメント)
部下が意見やアイディアを具申してきたときに、頭から否定してチャンスの芽を自ら摘み取っていませんか? 「何を馬鹿なことを部下は言っているのだ」と自分が思う事の中に新しい潮流の兆しが潜んでいることがあります。
イノベーションに優れた組織は、イノベーションがアイディアから生まれることを知っている。アイディアは赤ん坊に似ている。小さく未熟で形も定まらない。有望ではあるが実績はない。従って、イノベーションに優れた組織では、どんなアイディアでも「これは馬鹿げたアイディアだ」などとは言わない。これは生まれたての、未熟な、たいのないアイディアを意味あるものにするには何が必要かを問う。
それらの組織は、アイディアの大部分がアイディアのまま終わることを知っている。従って、イノベーションに優れた組織のリーダーは、アイディアをもってくる者に対し、技術・製品・プロセス・事業に育てあげるうえで必要となる仕事について徹底的に考えを求める。本格的に取り組む前に何をしなければならないか、何を見つけ出し、何を知らなければならないかを問う。
しかも彼らは、小さなイノベーションを行うのも大きなイノベーションを行うのも、同じように難しく、同じようにリスクが大きいことを知っている。彼らは製品や技術の小さな改善に留まることをしない。新しい事業を始めることを狙う。
(コメント)
部下が意見やアイディアを具申してきたときに、頭から否定してチャンスの芽を自ら摘み取っていませんか? 「何を馬鹿なことを部下は言っているのだ」と自分が思う事の中に新しい潮流の兆しが潜んでいることがあります。
2012年2月5日日曜日
PFドラッカー365の金言より 176
<< 本文 >> 「マネジメント・フロンティア」「明日を支配するもの」
イノベーションが本物であるか偽物であるかは、そのイノベーションが価値を創造しているか否かによって判定される。イノベーションとは、『顧客にとっての価値の創造』である。新奇さは面白いだけである。
イノベーションであるか否かは生産者が決めるのではない。顧客が欲し、その代金を支払うことによって決まる。
イノベーションに優れた組織は、科学的あるいは技術的な重要度によってではなく、顧客への貢献によってイノベーションを評価する。
(コメント)
画期的なアイディアだと考えて新規事業を立ち上げて失敗する人が多いのが実社会の実情です。その原因の大半がここの指摘の中にあります。顧客の立場にたった基準ではなく自分の基準によってイノベーションを評価して思い込んでしまっているのです。
顧客の立場になって自らが行おうとすることを評価してみることが大切です。
そして、更に実行するタイミング(時機)も重要な要素となります。どんなに良いアイディア・考えも時機を逸するとイノベーションとはならなくなってしまいます。
イノベーションが本物であるか偽物であるかは、そのイノベーションが価値を創造しているか否かによって判定される。イノベーションとは、『顧客にとっての価値の創造』である。新奇さは面白いだけである。
イノベーションであるか否かは生産者が決めるのではない。顧客が欲し、その代金を支払うことによって決まる。
イノベーションに優れた組織は、科学的あるいは技術的な重要度によってではなく、顧客への貢献によってイノベーションを評価する。
(コメント)
画期的なアイディアだと考えて新規事業を立ち上げて失敗する人が多いのが実社会の実情です。その原因の大半がここの指摘の中にあります。顧客の立場にたった基準ではなく自分の基準によってイノベーションを評価して思い込んでしまっているのです。
顧客の立場になって自らが行おうとすることを評価してみることが大切です。
そして、更に実行するタイミング(時機)も重要な要素となります。どんなに良いアイディア・考えも時機を逸するとイノベーションとはならなくなってしまいます。
2012年2月4日土曜日
PFドラッカー365の金言より 175
<< 本文 >> 「明日を支配するもの」「ネクスト・ソサエティ」
変化はコントロールできない。できるのは、変化の先頭に立つことだけである。今日のよう乱気流の時代にあっては、変化が常態である。変化はリスクに満ち、楽ではない。悪戦苦闘を強いられる。だが、変化の先頭に立たない限り、生き残ることはできない。急激な構造変化の時代を生き残れるのは、チェンド・リーダーとなる者だけである。
チェンジ・リーダーとなる為には、変化を脅威としてではなくチャンスとして捉えなければならない。変化を探し、本物の変化を見分け、それらを意味あるものとして利用しなければならない。
自ら変化をつくることにはリスクが伴う。しかし、自ら未来をつくろうとしないことの方がリスクは大きい。成功するとは限らない。だが、自ら未来をつくろうとせずに成功することはない。
変化をコントロールする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである。
(コメント)
受動的に変化に対応しようとするのではなく、寧ろ自ら変化を創り出すことで、自らを存続・維持・発展させる道を創り出す努力が大切であると言われています。
受動的に変化に対応しようとすると、変化に振り回され、自らを見失ってしまうことになります。
自ら変化を創り出すようにすると、自らが中心となり計画化することが可能になります。
しかし、人間は昨日までのことを変えることに抵抗する傾向がありますから、自ら変化を創り出すことには勇気が必要です。
ブレイクスルー思考法の中に、「電球は切れてから交換するのではなく、切れる前に交換しよう」という原則があります。電球か゛切れてから慌てて電球を暗闇の中で探し回ることは大変なことです。それよりも電球が傷んできたなと思ったとき(電球が切れる前に)に交換してしまうと暗闇で電球を探すことが必要ではなくなります。電球を止めてLEDにすれば(手段・方法を変える)このような心配は不要になるかもしれません。「壊れる前に治せ」とは先生のこの教えからきている原則だろうと私は思います。
変化はコントロールできない。できるのは、変化の先頭に立つことだけである。今日のよう乱気流の時代にあっては、変化が常態である。変化はリスクに満ち、楽ではない。悪戦苦闘を強いられる。だが、変化の先頭に立たない限り、生き残ることはできない。急激な構造変化の時代を生き残れるのは、チェンド・リーダーとなる者だけである。
チェンジ・リーダーとなる為には、変化を脅威としてではなくチャンスとして捉えなければならない。変化を探し、本物の変化を見分け、それらを意味あるものとして利用しなければならない。
自ら変化をつくることにはリスクが伴う。しかし、自ら未来をつくろうとしないことの方がリスクは大きい。成功するとは限らない。だが、自ら未来をつくろうとせずに成功することはない。
変化をコントロールする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである。
(コメント)
受動的に変化に対応しようとするのではなく、寧ろ自ら変化を創り出すことで、自らを存続・維持・発展させる道を創り出す努力が大切であると言われています。
受動的に変化に対応しようとすると、変化に振り回され、自らを見失ってしまうことになります。
自ら変化を創り出すようにすると、自らが中心となり計画化することが可能になります。
しかし、人間は昨日までのことを変えることに抵抗する傾向がありますから、自ら変化を創り出すことには勇気が必要です。
ブレイクスルー思考法の中に、「電球は切れてから交換するのではなく、切れる前に交換しよう」という原則があります。電球か゛切れてから慌てて電球を暗闇の中で探し回ることは大変なことです。それよりも電球が傷んできたなと思ったとき(電球が切れる前に)に交換してしまうと暗闇で電球を探すことが必要ではなくなります。電球を止めてLEDにすれば(手段・方法を変える)このような心配は不要になるかもしれません。「壊れる前に治せ」とは先生のこの教えからきている原則だろうと私は思います。
2012年2月3日金曜日
PFドラッカー365の金言より 174
<< 本文 >> 「マネジメント・・・課題・責任・実践」
目的と使命に取り組むうえで答えるべき究極の問いは、「顧客にとっての価値は何であるか」である。これが最も重要な問いである。しかし、最も問うことの少ない問いである。答えはわかっていると思い込んでてるからである。品質が価値だという。だが、この答えはほとんど間違いである。顧客は製品を買っているのではない。買っているのは、欲求の充足である。彼らにとっての価値である。
10代の少女にとって、靴の価値はファッションにある。流行っていなければならない。価値は二の次であって、耐久性など全く意味がない。ところが数年経って母親になると、ファッションが絶対ではなくなる。流行遅れは買わない。しかし、重視するのは耐久性、価格、履き心地である。10代の女の子にとって価値あるものが、その姉には価値が無い。
何を価値とするかは、顧客だけが答えられる複雑な問題である。推察してはならない。顧客の所へ出かけて行き、顧客に訊かなければならない。
(コメント)
昨日のブログに続いて、この先生の教えは大変に重要な教えだと思います。
①顧客が価値ありとするものは
②顧客だけが知っている
③しかも、年齢やその顧客の状況によってそれが変わっていく
④それを推察してはならない
⑤顧客の所に行き、顧客に直接訊くこと
が大切であると教えられているのではないでしょうか?
顧客が、他に無いからシブシブそれを買ったのか、喜んで買ったのかは売上数字からは分かりません。
昨日は20年ぶりに旧友が経営する建材屋さんに行きました。昔は沢山の従業員さんがいらっしゃったのですが、今は4人の従業員さんだけで維持しており、細々と辛うじて経営を維持しているそうです。サプライチェーンが発達して地方問屋に在庫を持つ必要がなくなった現在では、建材というモノだけを売っていると経営は維持できなくなってしまうと思います。
また昨日、地方の中堅企業である建設会社にお伺いしました。リストラの相談です。社長は技術畑のご出身で「良い建築物を建築するにはどうすべきかは十分に分かっている」と言われていました。しかし、社長が考える「良い建築物」が果たして顧客の価値ありとするモノ・コトを満たしているのか否かについては何も言われませんでした。
別の顧問先の中に電話交換機屋さんがあります。今時、電話交換機を知っている人も少ないと思いますが、一昔前までは中堅企業以上の規模では必需品でした。この企業の昔しは電話交換機を販売し敷設工事することがビジネスの中心でしたが、今ではIPフォンや携帯電話をパソコンと連動させシステムを構築することがこの会社のメイン・ビジネスとなっています。
企業は「変化適応業」であり、顧客のニーズは変化していくものだと思います。そして、最も厄介なことは、顧客自身が自分の真のニーズに気づいていないことが多いことです。そのため、顧客に直接に訊き、そこから専門家が推測し(顧客の半歩先を行って提案する)、それを顧客に確認することが一番必要な時代となっていると思います。だから数年前から、「仮説→検証→実行」が大切と言われているのではないでしょうか?
孫子の兵法に「必死は必死」とあります。拘り過ぎると、かえってそれが死の原因になってしまうという意味です。変化の激しい現代では、自分の過去の成功体験に拘り過ぎると死滅の遠因となってしまうことが多いようです。
目的と使命に取り組むうえで答えるべき究極の問いは、「顧客にとっての価値は何であるか」である。これが最も重要な問いである。しかし、最も問うことの少ない問いである。答えはわかっていると思い込んでてるからである。品質が価値だという。だが、この答えはほとんど間違いである。顧客は製品を買っているのではない。買っているのは、欲求の充足である。彼らにとっての価値である。
10代の少女にとって、靴の価値はファッションにある。流行っていなければならない。価値は二の次であって、耐久性など全く意味がない。ところが数年経って母親になると、ファッションが絶対ではなくなる。流行遅れは買わない。しかし、重視するのは耐久性、価格、履き心地である。10代の女の子にとって価値あるものが、その姉には価値が無い。
何を価値とするかは、顧客だけが答えられる複雑な問題である。推察してはならない。顧客の所へ出かけて行き、顧客に訊かなければならない。
(コメント)
昨日のブログに続いて、この先生の教えは大変に重要な教えだと思います。
①顧客が価値ありとするものは
②顧客だけが知っている
③しかも、年齢やその顧客の状況によってそれが変わっていく
④それを推察してはならない
⑤顧客の所に行き、顧客に直接訊くこと
が大切であると教えられているのではないでしょうか?
顧客が、他に無いからシブシブそれを買ったのか、喜んで買ったのかは売上数字からは分かりません。
昨日は20年ぶりに旧友が経営する建材屋さんに行きました。昔は沢山の従業員さんがいらっしゃったのですが、今は4人の従業員さんだけで維持しており、細々と辛うじて経営を維持しているそうです。サプライチェーンが発達して地方問屋に在庫を持つ必要がなくなった現在では、建材というモノだけを売っていると経営は維持できなくなってしまうと思います。
また昨日、地方の中堅企業である建設会社にお伺いしました。リストラの相談です。社長は技術畑のご出身で「良い建築物を建築するにはどうすべきかは十分に分かっている」と言われていました。しかし、社長が考える「良い建築物」が果たして顧客の価値ありとするモノ・コトを満たしているのか否かについては何も言われませんでした。
別の顧問先の中に電話交換機屋さんがあります。今時、電話交換機を知っている人も少ないと思いますが、一昔前までは中堅企業以上の規模では必需品でした。この企業の昔しは電話交換機を販売し敷設工事することがビジネスの中心でしたが、今ではIPフォンや携帯電話をパソコンと連動させシステムを構築することがこの会社のメイン・ビジネスとなっています。
企業は「変化適応業」であり、顧客のニーズは変化していくものだと思います。そして、最も厄介なことは、顧客自身が自分の真のニーズに気づいていないことが多いことです。そのため、顧客に直接に訊き、そこから専門家が推測し(顧客の半歩先を行って提案する)、それを顧客に確認することが一番必要な時代となっていると思います。だから数年前から、「仮説→検証→実行」が大切と言われているのではないでしょうか?
孫子の兵法に「必死は必死」とあります。拘り過ぎると、かえってそれが死の原因になってしまうという意味です。変化の激しい現代では、自分の過去の成功体験に拘り過ぎると死滅の遠因となってしまうことが多いようです。
2012年2月2日木曜日
PFドラッカー365の金言より 173
<< 本文 >> 「マネジメント・・・課題、責任、実践」
「顧客は誰か」の問いこそ、企業の目的と使命を定義するうえで、最初に考えるべき最も重要な問いである。やさしい問いではない。まして答えのわかりきった問いではない。だが、この問いに対する答えによって、企業が自らをどう定義するかが決まってくる。
最終需要者たる消費者は、常に顧客である。しかし、ほとんどの事業が2種類の顧客を持つ。その両方が買ってくれなければならない。生活用品のメーカーは主婦と小売店という2種類の顧客を持つ。主婦に買う気を起させても、店が品を置いてくれなければ何もならない。店が目につくように陳列してくれても、主婦が買ってくれなければ何もならない。一方だけでは売上につながらない。
(コメント)
最も重要な先生の教えだと私は考えています。
特に、事業規模が大きくなると色々な特性をもった顧客が増え、自社が「主たる顧客」と考えている顧客がわからなくなってしまいます。「主たる顧客」は単に売上高だけから決められるものではありません。売上数字は過去の数字であり、「顧客は誰か」と自ら考えることは未来に向かってのことだからだと思います。一時流行った「選択と集中」は顧客を明確にする処から始まります。
中小・零細企業はあれやこれやの顧客を相手にしなければ存続・維持できないと言われます。ましてや地方の中小・零細企業は尚更のことです。しかし、それでは成長するのに一定の限界があります。中小・零細企業は、あれやこれやの顧客に対応して少しずつ成長し、その過程で顧客が自社に期待することを考えて未来の顧客を創造していきます。そして、その過程では無視する顧客のニーズもでてきます。ということは「自社の顧客は誰か」ということを無意識のうちに行っていることになります。無意識のうちにやってしまうよりも、明文化し明確にすれば(間違っていれば修正すれば良い)より一層効果的に組織が活動し成長できるようになります。朝令暮改は悪いことではなく、止むを得ないことなのです。ましてや変更は必要なことなのです。
「顧客は誰か」の問いこそ、企業の目的と使命を定義するうえで、最初に考えるべき最も重要な問いである。やさしい問いではない。まして答えのわかりきった問いではない。だが、この問いに対する答えによって、企業が自らをどう定義するかが決まってくる。
最終需要者たる消費者は、常に顧客である。しかし、ほとんどの事業が2種類の顧客を持つ。その両方が買ってくれなければならない。生活用品のメーカーは主婦と小売店という2種類の顧客を持つ。主婦に買う気を起させても、店が品を置いてくれなければ何もならない。店が目につくように陳列してくれても、主婦が買ってくれなければ何もならない。一方だけでは売上につながらない。
(コメント)
最も重要な先生の教えだと私は考えています。
特に、事業規模が大きくなると色々な特性をもった顧客が増え、自社が「主たる顧客」と考えている顧客がわからなくなってしまいます。「主たる顧客」は単に売上高だけから決められるものではありません。売上数字は過去の数字であり、「顧客は誰か」と自ら考えることは未来に向かってのことだからだと思います。一時流行った「選択と集中」は顧客を明確にする処から始まります。
中小・零細企業はあれやこれやの顧客を相手にしなければ存続・維持できないと言われます。ましてや地方の中小・零細企業は尚更のことです。しかし、それでは成長するのに一定の限界があります。中小・零細企業は、あれやこれやの顧客に対応して少しずつ成長し、その過程で顧客が自社に期待することを考えて未来の顧客を創造していきます。そして、その過程では無視する顧客のニーズもでてきます。ということは「自社の顧客は誰か」ということを無意識のうちに行っていることになります。無意識のうちにやってしまうよりも、明文化し明確にすれば(間違っていれば修正すれば良い)より一層効果的に組織が活動し成長できるようになります。朝令暮改は悪いことではなく、止むを得ないことなのです。ましてや変更は必要なことなのです。
2012年2月1日水曜日
PFドラッカー365の金言より 172
<< 本文 >> 「マネジメント・・・課題・責任・実践」
会社の事業は、社名や定款や設立趣意書によって定義されるものではない。顧客が満足させる欲求によって定義される。顧客を満足させることが、企業の使命であり目的である。従って、「われわれの事業は何か」との問いは、外部すなわち顧客と市場の観点から見て、初めて答えることができる。顧客が見、考え、思い、欲しがるものを客観的な事実として、セールスマンの報告、技術者の実験、会計士の数字と同じように正面から受け止めなければならない。
顧客の心を読もうとするのではなく、顧客自身から直接答えを得るべく意識して努力しなければならない。
(コメント)
だから、「わが社は何を事業とする会社か」を考えるとき、最初にやるべきことは自分や社内で考えることではなく、まず現場に立って顧客に直接訊くことから始めることが必要です。そして、そこで体感(五感を使い感じ取ったこと)したことを元にして考えてみることが必要です。「わが社の事業は何か」を決めているのは社長ではなく顧客なのです。
昔しは街角に電気屋さんがあり、そこでテレビや冷蔵庫を買っていた時代があります(40年位前)。しかし、その後はそれらを買う時にはヤマダ電機のような大型電気量販店で買い、街角の小さな電気屋さんでは電球や蛍光灯が切れて急に必要となったものだけを買うようになりました。この時代には街角の電気屋さんとは別に家庭の電気の具合が悪いときには修理屋さんがありました。しかし、いま生き延びている街角の電気屋では電気の不具合やパソコンの不具合もある程度は修理し生活に密着することで生き延びているようです。街角の電気屋さんに顧客が期待することが時代とともに変わったのであり、その変化に対応できた電気屋さんが生き延びています。過去に私とご縁があった企業の中に街角の電気屋さんに製品を販売する卸問屋さんがあるのでよく判ります。そこでは、一昔前までは大型量販店に街角の電気屋さんが対抗できる商材を探すことが主たる目的でした。その後は、売り出し等の販売企画を提案し共同チラシをつくるボランタリーチェーン本部のように変化されました。そして、最近では街角の電気屋さんに保守(修理)技術を指導・教育することに力を入れられているようです。
そして何よりも大切なことは、「こうすれば顧客のためになる筈」と考える前に顧客にストレートに訊いてみることが大切です。ただし、顧客も自分がどうしてもらえたいのかが分かっていない場合が多いですから、色々な顧客に訊いて、次には自分で考えるしか方法はありません。その上で実行しながら修正を加えていき、顧客の真のニーズを探り出していくことが必要だと思います。その為、考えても実行していなければ意味のないことになってしまいます。
会社の事業は、社名や定款や設立趣意書によって定義されるものではない。顧客が満足させる欲求によって定義される。顧客を満足させることが、企業の使命であり目的である。従って、「われわれの事業は何か」との問いは、外部すなわち顧客と市場の観点から見て、初めて答えることができる。顧客が見、考え、思い、欲しがるものを客観的な事実として、セールスマンの報告、技術者の実験、会計士の数字と同じように正面から受け止めなければならない。
顧客の心を読もうとするのではなく、顧客自身から直接答えを得るべく意識して努力しなければならない。
(コメント)
だから、「わが社は何を事業とする会社か」を考えるとき、最初にやるべきことは自分や社内で考えることではなく、まず現場に立って顧客に直接訊くことから始めることが必要です。そして、そこで体感(五感を使い感じ取ったこと)したことを元にして考えてみることが必要です。「わが社の事業は何か」を決めているのは社長ではなく顧客なのです。
昔しは街角に電気屋さんがあり、そこでテレビや冷蔵庫を買っていた時代があります(40年位前)。しかし、その後はそれらを買う時にはヤマダ電機のような大型電気量販店で買い、街角の小さな電気屋さんでは電球や蛍光灯が切れて急に必要となったものだけを買うようになりました。この時代には街角の電気屋さんとは別に家庭の電気の具合が悪いときには修理屋さんがありました。しかし、いま生き延びている街角の電気屋では電気の不具合やパソコンの不具合もある程度は修理し生活に密着することで生き延びているようです。街角の電気屋さんに顧客が期待することが時代とともに変わったのであり、その変化に対応できた電気屋さんが生き延びています。過去に私とご縁があった企業の中に街角の電気屋さんに製品を販売する卸問屋さんがあるのでよく判ります。そこでは、一昔前までは大型量販店に街角の電気屋さんが対抗できる商材を探すことが主たる目的でした。その後は、売り出し等の販売企画を提案し共同チラシをつくるボランタリーチェーン本部のように変化されました。そして、最近では街角の電気屋さんに保守(修理)技術を指導・教育することに力を入れられているようです。
そして何よりも大切なことは、「こうすれば顧客のためになる筈」と考える前に顧客にストレートに訊いてみることが大切です。ただし、顧客も自分がどうしてもらえたいのかが分かっていない場合が多いですから、色々な顧客に訊いて、次には自分で考えるしか方法はありません。その上で実行しながら修正を加えていき、顧客の真のニーズを探り出していくことが必要だと思います。その為、考えても実行していなければ意味のないことになってしまいます。
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