<< 本文 >> 「産業人の未来」
いかなる権力も、正統でない限り永続きしない。いかなる社会といえども、一人ひとりの成員を組み入れない限り機能しない。産業社会にしても、それを構成する一人ひとりの人間が「位置づけ」と「役割」を与えられない限り、解体ざるを得ない。
大衆は反逆しない。しらけるのみである。自由にともなう責任から逃れるだけである。自由とは、そこに社会的な意味がなければ負担と脅威以外の何ものでもない。
われわれには二つの道しかない。社会として機能する産業社会を構築するか、自由が無秩序や圧制のうちに消滅するのを座視するかのどちらかである。
(コメント)
本文の「社会」と「産業社会」を「会社組織」に置き直してお読みください。意味深い教えだと思います。
①権力には正当性が必要である。
②各構成員の「位置づけ」と「役割」を明確にしなければならない。
③自由には責任が伴う。責任を伴わない自由は無秩序か、圧制を招くだけである。
会社組織と言えども以上を踏まえて運営しなければ、いずれは崩壊してしまうか、或いは独裁体制を招いてしまうという教えであろうと思います。
PFドラッカー先生の経歴は、欧州オーストリアに生まれ、ドイツに移り住んだもののナチスの圧制から逃れるためイギリスに渡り、その後にアメリカ合衆国に移住された筈でから、自由と圧制を体感されています。先生はこの体感を会社組織にも当てはめるべきだと教えられたいのではないでしょうか?
2012年1月31日火曜日
2012年1月30日月曜日
PFドラッカー365の金言より 170
<< 本文 >> 「現代の経営」
技術の発展はマネジメントの領域を拡大する。一般社員とされている人達の多くがマネジメントの仕事を行わなければならない。あらゆるレベルにおいて、責任、能力、ビジョン、リスクの選択、マネジメント手法、ヒトのマネジメント、意思決定能力に対する要求が増大していく。
新技術は最大限の分権化を要求する。中央の計画によって経済を運営すべく、自立した企業の自由なマネジメントを避ける社会は全て滅びる。責任と決定の権限をトップに集中する企業も同じ運命をたどる。
環境変化に対応できない小さな中枢神経によって、巨大な体をコントロールしようとした恐竜と同じように滅びる。
(コメント)
自立した社員を育てる必要性と会社理念・方針を徹底させる必要性が説かれる根拠はここにあります。
不規則で激しい環境の変化が続く現代において、またパソコンやインターネットが普及した現代において、中央集権的な組織運営をしていたのでは環境の変化に適応できなくなってしまいます。そこでは分権化が必要となり、また分権化が行われるから一般社員にまでマネジメント能力が要求されるようになったのです。役職者でない一般社員がプロジェクトのリーダーに選任され、プロジェクトのマネジメントを行わなければならないことは日常茶飯事です。また更に、プロジェクトではないにしても、それぞれの仕事が専門化した現代においては人間一人ができる仕事の範囲には限りがありますから、関係者を巻き込むことで自らの目的を達成することが必要かつ不可欠となっています。この状況下において、巻き込んだ人達をマネジメントする必要が生じてきます。
そして、会社が組織本来のメリットを活かすために「力の集結」を図ろうとすると、会社理念・方針を社員に浸透させることで、会社の方向性(基本戦略)を示し、各自のマネジメントの方向性を束ねていくことが必要となったのです。
そして、その為には「これをしろ・・・」「あれをしろ・・・」という命令ではなく、結果として従業員とのコミュニケーションが重要になる考え、従業員を自立させていくことが必要となっているのだと思います。そうしなければ、会社は不規則かつ急激な変化を続ける環境に適応できなくなってしまいます。
技術の発展はマネジメントの領域を拡大する。一般社員とされている人達の多くがマネジメントの仕事を行わなければならない。あらゆるレベルにおいて、責任、能力、ビジョン、リスクの選択、マネジメント手法、ヒトのマネジメント、意思決定能力に対する要求が増大していく。
新技術は最大限の分権化を要求する。中央の計画によって経済を運営すべく、自立した企業の自由なマネジメントを避ける社会は全て滅びる。責任と決定の権限をトップに集中する企業も同じ運命をたどる。
環境変化に対応できない小さな中枢神経によって、巨大な体をコントロールしようとした恐竜と同じように滅びる。
(コメント)
自立した社員を育てる必要性と会社理念・方針を徹底させる必要性が説かれる根拠はここにあります。
不規則で激しい環境の変化が続く現代において、またパソコンやインターネットが普及した現代において、中央集権的な組織運営をしていたのでは環境の変化に適応できなくなってしまいます。そこでは分権化が必要となり、また分権化が行われるから一般社員にまでマネジメント能力が要求されるようになったのです。役職者でない一般社員がプロジェクトのリーダーに選任され、プロジェクトのマネジメントを行わなければならないことは日常茶飯事です。また更に、プロジェクトではないにしても、それぞれの仕事が専門化した現代においては人間一人ができる仕事の範囲には限りがありますから、関係者を巻き込むことで自らの目的を達成することが必要かつ不可欠となっています。この状況下において、巻き込んだ人達をマネジメントする必要が生じてきます。
そして、会社が組織本来のメリットを活かすために「力の集結」を図ろうとすると、会社理念・方針を社員に浸透させることで、会社の方向性(基本戦略)を示し、各自のマネジメントの方向性を束ねていくことが必要となったのです。
そして、その為には「これをしろ・・・」「あれをしろ・・・」という命令ではなく、結果として従業員とのコミュニケーションが重要になる考え、従業員を自立させていくことが必要となっているのだと思います。そうしなければ、会社は不規則かつ急激な変化を続ける環境に適応できなくなってしまいます。
2012年1月29日日曜日
PFドラッカー365の金言より 169
<< 本文 >> 「すでに起こった未来」
経済的な発展は、経済的な富ではなく、人間のエネルギーによってもたらされる。人間のエネルギーを生み出し、その方向づけを行うものがマネジメントである。
資金しかなかった所に経済的発展は見られなかった。マネジメントの力によって人間のエネルギーを結集した所でのみ、急速な経済発展を見ることができた。
経済と社会の発展はマネジメントの結果である。発展途上国など存在しない。あるのはマネジメント途上国である。
(コメント)
本文の「経済的発展」を「会社の発展」に置き直してください。
会社が成長するには資金や設備(カネとモノ)が必要です。しかし、その資金と設備を生み出すものは人間の智慧です。また資金や設備があったとしても、それを使うのは人間(ヒト)です。従って、「会社を成長させるのはヒトであり、倒産させるのもヒトである」と言えます。そして、ヒトのエネルギーを結集させてパワーを生み出すためにはマネジメントが必要となります。
ここで注意すべきことがあります。よくマネジメントとは「管理することなり」と思い込んでいる人がいます。しかし、これはマネジメントの一部しか考えていません。マネジメントは「人間(ヒト)のエネルギーを集結されること」も必要とされます。従って、どんなに管理が徹底されていても、エネルギーを終結させることが出来ていなければマネジメントしているとは言い難い状態といえます。そのため、マネジメントには「ヒトの力を集結させる目的・目標を見つけ出し、創造することが必要である」と言われます。結果として、マネジメントには①管理力(狭義のマネジメント)と②創造力が必要であるということになります。
これをもっと具体的に表現すると、「◎◎が無いからできない」「××だから出来ない」と「出来ない理由探し」をしている限りはマネジメントしていることにはならず、「どうすれば出来るようになるか」を智慧と勇気を振り絞って考え実行している状態がマネジメントしている状態と言えると思います。これをMSRでは「出来ない理由探しよりも、出来る方法探しをしよう」とスローガンにしています。色々なベンチャー企業さんや、倒産の危機に瀕した企業の再生をお手伝いしていると「出来る方法探し」の大切さを痛感する次第です。
経済的な発展は、経済的な富ではなく、人間のエネルギーによってもたらされる。人間のエネルギーを生み出し、その方向づけを行うものがマネジメントである。
資金しかなかった所に経済的発展は見られなかった。マネジメントの力によって人間のエネルギーを結集した所でのみ、急速な経済発展を見ることができた。
経済と社会の発展はマネジメントの結果である。発展途上国など存在しない。あるのはマネジメント途上国である。
(コメント)
本文の「経済的発展」を「会社の発展」に置き直してください。
会社が成長するには資金や設備(カネとモノ)が必要です。しかし、その資金と設備を生み出すものは人間の智慧です。また資金や設備があったとしても、それを使うのは人間(ヒト)です。従って、「会社を成長させるのはヒトであり、倒産させるのもヒトである」と言えます。そして、ヒトのエネルギーを結集させてパワーを生み出すためにはマネジメントが必要となります。
ここで注意すべきことがあります。よくマネジメントとは「管理することなり」と思い込んでいる人がいます。しかし、これはマネジメントの一部しか考えていません。マネジメントは「人間(ヒト)のエネルギーを集結されること」も必要とされます。従って、どんなに管理が徹底されていても、エネルギーを終結させることが出来ていなければマネジメントしているとは言い難い状態といえます。そのため、マネジメントには「ヒトの力を集結させる目的・目標を見つけ出し、創造することが必要である」と言われます。結果として、マネジメントには①管理力(狭義のマネジメント)と②創造力が必要であるということになります。
これをもっと具体的に表現すると、「◎◎が無いからできない」「××だから出来ない」と「出来ない理由探し」をしている限りはマネジメントしていることにはならず、「どうすれば出来るようになるか」を智慧と勇気を振り絞って考え実行している状態がマネジメントしている状態と言えると思います。これをMSRでは「出来ない理由探しよりも、出来る方法探しをしよう」とスローガンにしています。色々なベンチャー企業さんや、倒産の危機に瀕した企業の再生をお手伝いしていると「出来る方法探し」の大切さを痛感する次第です。
2012年1月28日土曜日
PFドラッカー365の金言より 168
<< 本文 >> 「断絶の時代」
再民間化とは、家族やコミュニティが担いきれなくなったために政府に任された仕事を、政府以外の組織に戻すことである。再民間化に企業が適しているのは、それがイノベーションのための組織だからである。他の組織はすべて、変化を阻止するか、少なくとも緩和するためにつくられている。それらは、止むを得ざる時に不承不承イノベーションを行う。
しかも企業には、政府に不可能な2つのことができる。第一は、事業を止めることができる。市場で活動しているならば事業を止めざるを得ないことがある。第二に、企業は社会が消滅を許す唯一の組織である。企業は仕事ぶりを厳しく評価される。消費者は製品がどれだけ役に立つかだけを考える。役に立たなければ、それをつくった企業が消滅しても残念とは思わない。投資家も残念とは思わない。
企業が優れている最大の理由は、利益の機能にあるのではない。赤字の機能にある。だからこそ企業は、あらゆる組織のうち最も適応性に富み、最も柔軟である。
(コメント)
郵便局が無くなっても、やまと運輸さんが頑張ってくれる時代となりました。一昔前に第三セクターが流行った時代がありましたが、当時の第三セクターは天下り集団に過ぎず、設立されて暫らくすると利益に対する責任意識が薄いためにイノベーションを拒否または回避するようになり、大半の第三セクターはその役割ほ果たすことなく消滅していきました。
本文で最も重要だと私が思う箇所は、最後の2行です。先生は別書籍で「企業とは変化適応業なり」と言われています。
しかし、民間企業でもイノベーションや変化を嫌う企業は沢山あります。そして、それらは大きなトレンドで見ると、いずれ消滅していっています。「もっと儲けるためにイノベーションを行う」のではなく「将来、赤字にならないために今イノベーションを行う」というと消極的に聞こえるかもしれませんが、投機的行動を避け地に足の着いた堅実なイノベーションを行うためには、最低限に必要とそれる考え方だと思います。
企業は環境の変化に適応し利益を上げて行かなければ、いずれ市場から淘汰され消滅せざるを得なくなります。イノベーションの妥当性・適切性を判断する指標が「利益」である(「利益」が先にあるのではない)と先生は言われたいのではないでしょうか?
私への相談依頼先に、変化を避ける企業があります。昨日まで、昨年まで、今までと同じやり方でなんとか生き延びていこうとしています。そのことに一生懸命なのですが、残念ながら変化に対応しないため利益が出ないため、年を経るごとに事業規模は縮小しています。一方では、協同組合でありながら、組合員のために変化に適応する事業を考え実行されている組合があります。この組合では、毎年利益がでていると聞きます。しかし、この組合は「利益」のためにイノベーションを繰り返している訳ではなく、組合員により一層貢献するためにイノベーションを繰り返すから結果として「利益」がてでいるという状態ではないかと考えます。
尚、この「断絶の時代」という先生の書籍を、いまから30年位まえの学生時代に私は読み、中小企業を経営する父親に話しましたが理解して貰えなかったことを今でも覚えています。あのとき「利益が先だ」と主張する親爺と、「利益は結果だ」と言う私の主張はかみ合いませんでした。いま思えば懐かしい親爺とのやり取りでした。
再民間化とは、家族やコミュニティが担いきれなくなったために政府に任された仕事を、政府以外の組織に戻すことである。再民間化に企業が適しているのは、それがイノベーションのための組織だからである。他の組織はすべて、変化を阻止するか、少なくとも緩和するためにつくられている。それらは、止むを得ざる時に不承不承イノベーションを行う。
しかも企業には、政府に不可能な2つのことができる。第一は、事業を止めることができる。市場で活動しているならば事業を止めざるを得ないことがある。第二に、企業は社会が消滅を許す唯一の組織である。企業は仕事ぶりを厳しく評価される。消費者は製品がどれだけ役に立つかだけを考える。役に立たなければ、それをつくった企業が消滅しても残念とは思わない。投資家も残念とは思わない。
企業が優れている最大の理由は、利益の機能にあるのではない。赤字の機能にある。だからこそ企業は、あらゆる組織のうち最も適応性に富み、最も柔軟である。
(コメント)
郵便局が無くなっても、やまと運輸さんが頑張ってくれる時代となりました。一昔前に第三セクターが流行った時代がありましたが、当時の第三セクターは天下り集団に過ぎず、設立されて暫らくすると利益に対する責任意識が薄いためにイノベーションを拒否または回避するようになり、大半の第三セクターはその役割ほ果たすことなく消滅していきました。
本文で最も重要だと私が思う箇所は、最後の2行です。先生は別書籍で「企業とは変化適応業なり」と言われています。
しかし、民間企業でもイノベーションや変化を嫌う企業は沢山あります。そして、それらは大きなトレンドで見ると、いずれ消滅していっています。「もっと儲けるためにイノベーションを行う」のではなく「将来、赤字にならないために今イノベーションを行う」というと消極的に聞こえるかもしれませんが、投機的行動を避け地に足の着いた堅実なイノベーションを行うためには、最低限に必要とそれる考え方だと思います。
企業は環境の変化に適応し利益を上げて行かなければ、いずれ市場から淘汰され消滅せざるを得なくなります。イノベーションの妥当性・適切性を判断する指標が「利益」である(「利益」が先にあるのではない)と先生は言われたいのではないでしょうか?
私への相談依頼先に、変化を避ける企業があります。昨日まで、昨年まで、今までと同じやり方でなんとか生き延びていこうとしています。そのことに一生懸命なのですが、残念ながら変化に対応しないため利益が出ないため、年を経るごとに事業規模は縮小しています。一方では、協同組合でありながら、組合員のために変化に適応する事業を考え実行されている組合があります。この組合では、毎年利益がでていると聞きます。しかし、この組合は「利益」のためにイノベーションを繰り返している訳ではなく、組合員により一層貢献するためにイノベーションを繰り返すから結果として「利益」がてでいるという状態ではないかと考えます。
尚、この「断絶の時代」という先生の書籍を、いまから30年位まえの学生時代に私は読み、中小企業を経営する父親に話しましたが理解して貰えなかったことを今でも覚えています。あのとき「利益が先だ」と主張する親爺と、「利益は結果だ」と言う私の主張はかみ合いませんでした。いま思えば懐かしい親爺とのやり取りでした。
2012年1月27日金曜日
PFドラッカー365の金言より 167
<< 本文 >> 「ポスト資本主義社会」
組織は成果(社会への貢献)をあげる能力を取り戻さなければならない。再建されなければならない。企業、政府、労組、大学、病院のいずれであれ、再建には3つの段階が必要とされる。
ステップ① 機能しないもの、機能しなかったもの、有益性や貢献能力を失ったものを「廃棄」すること
ステップ② 機能するもの、成果を生むもの、組織の能力を高めるものに「集中」すること
ステップ③ 半ば成功し、半ば失敗しているものを「分析」すること
再建のためには、成果を生まないものは全て廃棄し、成果を生むものは全て更に行わなければならない。うまくいっているものに集中することによって成果を高めることが大切である。
(コメント)
俗に「選択と集中」と呼ばれる組織再生の原則は、PFドラッカー先生のこのお考えから生まれました。
ただし、先生が第一ステップで「廃棄」から始められていることに注意すべきです。廃棄・廃止しなければ、本当の意味での集中はできません。しかし、既得権や利害集団、あるいは過去の慣習に阻まれて「廃棄」が一番難しく、勇気とリーダーシップが必要とされるのです。
昨年末に私は自宅の色々なものを一機に廃棄しました。いつか使うだろう、もったいない、昔使った思い出の品等々が溜まり、日常生活に支障が出る状態となっていたのです。必要かつ最低限のもの以外は残さないようにしました。そうすると、無駄なく効率的な日常生活が過ごせるようになり、快適な日々が続いています。
よく同じようなことは会社の事務所でも見かけます。資料保管ロッカーは使いもしない資料が山積みにされている、机の引き出しの中に1年以上見たことも無い資料が入れられている。これらは、いずれも業務を妨げてしまいます。
だから、組織を活性化する第一歩は「5S運動」(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)から始まると言われます。整理整頓の習慣を定着させることで、無駄なもの、機能していないものを削ぎ落とし、効率的・能率的かつ有効性の高い活動が行えるようにすることが必要です。その上で、うまくいっているもの(相対的に判断)に集中していくと、業績は自然と上がってくるようになる場合が多いのが実情です。
組織は成果(社会への貢献)をあげる能力を取り戻さなければならない。再建されなければならない。企業、政府、労組、大学、病院のいずれであれ、再建には3つの段階が必要とされる。
ステップ① 機能しないもの、機能しなかったもの、有益性や貢献能力を失ったものを「廃棄」すること
ステップ② 機能するもの、成果を生むもの、組織の能力を高めるものに「集中」すること
ステップ③ 半ば成功し、半ば失敗しているものを「分析」すること
再建のためには、成果を生まないものは全て廃棄し、成果を生むものは全て更に行わなければならない。うまくいっているものに集中することによって成果を高めることが大切である。
(コメント)
俗に「選択と集中」と呼ばれる組織再生の原則は、PFドラッカー先生のこのお考えから生まれました。
ただし、先生が第一ステップで「廃棄」から始められていることに注意すべきです。廃棄・廃止しなければ、本当の意味での集中はできません。しかし、既得権や利害集団、あるいは過去の慣習に阻まれて「廃棄」が一番難しく、勇気とリーダーシップが必要とされるのです。
昨年末に私は自宅の色々なものを一機に廃棄しました。いつか使うだろう、もったいない、昔使った思い出の品等々が溜まり、日常生活に支障が出る状態となっていたのです。必要かつ最低限のもの以外は残さないようにしました。そうすると、無駄なく効率的な日常生活が過ごせるようになり、快適な日々が続いています。
よく同じようなことは会社の事務所でも見かけます。資料保管ロッカーは使いもしない資料が山積みにされている、机の引き出しの中に1年以上見たことも無い資料が入れられている。これらは、いずれも業務を妨げてしまいます。
だから、組織を活性化する第一歩は「5S運動」(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)から始まると言われます。整理整頓の習慣を定着させることで、無駄なもの、機能していないものを削ぎ落とし、効率的・能率的かつ有効性の高い活動が行えるようにすることが必要です。その上で、うまくいっているもの(相対的に判断)に集中していくと、業績は自然と上がってくるようになる場合が多いのが実情です。
2012年1月26日木曜日
PFドラッカー365の金言より 166
<< 本文 >> 「産業人の未来」
我々はすでに、経済発展が最高の目的であるとする信条を捨てた。経済的な成果を最高の価値にすることはやめ、数多くの価値の一つにすぎないことは、つまるところ、経済活動をあらゆる社会活動の基盤として扱うことを止めるということである。経済的な領域を社会の中心的な領域とすることを止めるということは、更に大きな意味をもつ。それは、人はみな経済人(エコノミック・マン)であり、行動の動機は経済的であり、自己実現は経済的な成功と報償によって測られるという信条を捨てることを意味する。
われわれは、人間の本質および社会の目的についての新しい理念を基盤として、じゆうで機能する社会をつくりあげなければならない。従って、我々は社会についての理念を見つけなければならない。
その為、マネジャーは全員が全力をつくして貢献することができる目標を示すことが必要である。
(コメント)
私は「顧客満足は従業員の満足から始まる」と考え、数年前からGPTW(Great Place to Work)による「働きがい」の定義を参考にアンケート用紙をつくり、給与体系を変更した後には従業員さんからのアンケートを募るようにしています。
私の考えとしては、労働条件(給与、労働時間、休日等)は従業員の「やりがい・満足度」を得る基礎となるもので、労働条件は従業員の期待値を下回ると不満の源となるが、逆にそれらが高いだけでは決して従業員のやりがい・満足度が高くすることは出来ない衛生要因のようなものであり、家を建てるときの基礎工事(土台)にあたるものだと考えています。そして、従業員のやりがい・満足度を得ようとすると、その土台のうえに「上司・経営陣との信頼関係」「仕事への誇り」「同僚との人間関係」という柱を立てることが必要であると考えてアンケート用紙を作成しています。
やり始めた頃は「何を無駄なことをしているのか?」と煙たがられましたが、最近では「ありがとう。良い参考になる」と言われるようになりました。明らかに、「給与は多い方が良い」「会社は規模が大きい方が良い」という価値観が変わり始めている証だと思います。その典型が、昇進させようとすると「管理職になると責任が重くなるから今のままの方が良い」と昇進を拒否する若人が現れていることではないでしょうか? 明らかに従業員の価値観が変化し過去の成長第一主義の価値観が通用しなくなりつつあります。
その状況下において、会社が肥満ではなく内実を伴った成長をするためには、会社の目的・理念が従業員さん達と共有され、目標が明確になっていることが必要不可欠であると考えます。
我々はすでに、経済発展が最高の目的であるとする信条を捨てた。経済的な成果を最高の価値にすることはやめ、数多くの価値の一つにすぎないことは、つまるところ、経済活動をあらゆる社会活動の基盤として扱うことを止めるということである。経済的な領域を社会の中心的な領域とすることを止めるということは、更に大きな意味をもつ。それは、人はみな経済人(エコノミック・マン)であり、行動の動機は経済的であり、自己実現は経済的な成功と報償によって測られるという信条を捨てることを意味する。
われわれは、人間の本質および社会の目的についての新しい理念を基盤として、じゆうで機能する社会をつくりあげなければならない。従って、我々は社会についての理念を見つけなければならない。
その為、マネジャーは全員が全力をつくして貢献することができる目標を示すことが必要である。
(コメント)
私は「顧客満足は従業員の満足から始まる」と考え、数年前からGPTW(Great Place to Work)による「働きがい」の定義を参考にアンケート用紙をつくり、給与体系を変更した後には従業員さんからのアンケートを募るようにしています。
私の考えとしては、労働条件(給与、労働時間、休日等)は従業員の「やりがい・満足度」を得る基礎となるもので、労働条件は従業員の期待値を下回ると不満の源となるが、逆にそれらが高いだけでは決して従業員のやりがい・満足度が高くすることは出来ない衛生要因のようなものであり、家を建てるときの基礎工事(土台)にあたるものだと考えています。そして、従業員のやりがい・満足度を得ようとすると、その土台のうえに「上司・経営陣との信頼関係」「仕事への誇り」「同僚との人間関係」という柱を立てることが必要であると考えてアンケート用紙を作成しています。
やり始めた頃は「何を無駄なことをしているのか?」と煙たがられましたが、最近では「ありがとう。良い参考になる」と言われるようになりました。明らかに、「給与は多い方が良い」「会社は規模が大きい方が良い」という価値観が変わり始めている証だと思います。その典型が、昇進させようとすると「管理職になると責任が重くなるから今のままの方が良い」と昇進を拒否する若人が現れていることではないでしょうか? 明らかに従業員の価値観が変化し過去の成長第一主義の価値観が通用しなくなりつつあります。
その状況下において、会社が肥満ではなく内実を伴った成長をするためには、会社の目的・理念が従業員さん達と共有され、目標が明確になっていることが必要不可欠であると考えます。
2012年1月25日水曜日
PFドラッカー365の金言より 165
<< 本文 >> 「企業とは何か」
企業にとっての利益の追求は、自動的に社会的責任の遂行を意味する。
経済的な目的は、企業が社会的責任を免除されるべきことを意味しない。逆に、企業にとっての利益の追求が、自動的に社会的責任の遂行を意味しなければならない。
企業を基盤とする社会は、個々の企業が自らの社会的意識にかかわらず、社会の目的と安定に貢献することによってのみ意味する。
(コメント)
この先生の言葉は、平常時に聞くと当然のことのように聞こえます。しかし、企業が存亡の危機に瀕しているとき、あるいは地域社会と板挟みになったときに大変に意味あることに聞こえます。
企業の「利益追求」と社会への「貢献」が矛盾するとき、それはどちらを選択しようかと迷うべき問題ではなく、そもそも社会に貢献しない利益追求は、その利益追求自体が間違えているのだと考えると良いのではないかと思います。
私は「競争の原理」は正しいが「市場の原理」は必ずしも正しくはないと考えます。
企業にとっての利益の追求は、自動的に社会的責任の遂行を意味する。
経済的な目的は、企業が社会的責任を免除されるべきことを意味しない。逆に、企業にとっての利益の追求が、自動的に社会的責任の遂行を意味しなければならない。
企業を基盤とする社会は、個々の企業が自らの社会的意識にかかわらず、社会の目的と安定に貢献することによってのみ意味する。
(コメント)
この先生の言葉は、平常時に聞くと当然のことのように聞こえます。しかし、企業が存亡の危機に瀕しているとき、あるいは地域社会と板挟みになったときに大変に意味あることに聞こえます。
企業の「利益追求」と社会への「貢献」が矛盾するとき、それはどちらを選択しようかと迷うべき問題ではなく、そもそも社会に貢献しない利益追求は、その利益追求自体が間違えているのだと考えると良いのではないかと思います。
私は「競争の原理」は正しいが「市場の原理」は必ずしも正しくはないと考えます。
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