2012年3月31日土曜日

PFドラッカー365の金言より 230

<< 本文 >> 「明日を支配するもの」「知識労働者の生産性」
肉体労働者は、なすべき仕事が決まっている。
これに対し知識労働者は、「何を行うべきか」が第一の、しかも決定的な問題になる。
知識労働者の生産性を向上させるためには、知識労働者自身に対して、行うべき仕事は何か、何でなければならないか、何を期待して良いか、何が邪魔であり無くすべきか、を問わなければならない。知識労働者では、いかに行うかは、何を行うかの後に来る問題である。

(コメント)
だから、昨今は「目的を明確にすること」が大切であると言われるのです。目的を明確にした後に、いかにしてその目的を達成するか(手段・方法)を考えるべきなのです。今では機械にさせることが出来る作業を人間が行っていた時代は大半の人が肉体労働者(=作業員)でした。しかし、現在ではコンピューターが発達した結果、工場ではロボットが作業を行い、事務所ではPCが作業を代行してくれる時代です。ただし、ロボットにしてもPCにしても、その使い方を間違えると、目的としたゴールにはたどり着けません。従って、最初に目的を明確にして、次にその目的を達成するためにロボットやPCを如何に使いこなすかを考えることが必要です。
このため、私は「仕事」と「作業」とは別なものであり、目的を明確にして如何にして実行するかを考える所までが仕事であり、それ以降は作業ではないかと考えています。
目的を明確にして、期間と担当者を決めて、目標を定めること、そして出来る限り具体的な方法を計画にすること(後々に変更が必要することが必要となるので事前に計画をつくる)が必要な時代となったと私は思います。

2012年3月30日金曜日

PFドラッカー365の金言より 229

<< 本文 >>  「明日を支配するもの」
知識労働者の生産性向上の条件は、大きなものだけで6つある。
①なされるべきことを考えることである。
②働く者自身に生産性向上の責任をもたせることである。即ち、自らをマネジメントさせることである。自律性を持たせることである。
③継続してイノベーションを行わせることである。
④継続して学ばせ、かつ継続して人に教えさせることである。
⑤知識労働者の生産性は、量よりも質の問題であることを認識させることである。
⑥知識労働者をコストではなく資本財として扱うことである。何にもまして知識労働者自身が、組織のために働くことを欲しなければならない。

(コメント)
①目的を明確にさせ惰性・慣習に流されないようにすること
②1時間当たりの生産性を比較すること。もし生産性を計る尺度がなければ、代用数値を決めること。
③カイゼン活動、QC活動をさせること
④自己啓発を継続させ、かつそれを他人に教えされることで理解を深めさせること・・・人は他人に教えることを通じて自らの理解を深めることができる。
⑤量に惑わされないようにすること。
⑥会社組織への帰属意識を強めること

2012年3月29日木曜日

PFドラッカー365の金言より 228

<< 本文 >> 「明日を支配するもの」
知識労働にも肉体労働の部分がある。
自動車工場のベルトコンベアー上の作業をする肉体労働者の生産性を向上させたアメリカ人(テイラー)による生産性向上の方法は、極めて簡単だった。仕事を動作に分解して、それらの動作に要する時間を測定する。その上で、無駄な動作を捨てる。残った動作を、肉体的心理的に負担をかけずに短い時間で行えるようにする。それらの一新された動作を組み立て直す。仕上げとして、それらの動作に必要な道具をつくる。
このテーラーの方法は、今後とも肉体的労働が成長分野であり続ける国において、大きな役割を果たし続ける。だが、先進国にとって、中心の課題はもはや肉体労働の生産性向上ではない。知識労働の生産性向上である。
しかし、知識労働にも肉体労働の部分がある。それらの生産性向上にはテイラーの発展型としてのインダストリアル・エンシニアリング(IE)が必要とされる。
知識労働者も、自分の仕事を知識集約的な部分とそうでない部分に分け、後者の部分にはIEの手法を適用していくことが必要である。

(コメント)
私は、毎日行っている職務には、「仕事」としての部分と「作業」としての部分があると考えています。仕事とは人間にしかできない「考える」「決める」「コミュニケーション」等が必要なことを言います。そうでない部分を作業と呼びます。作業は出来る限り機械化(例えばパソコン処理、ロボット化)をして、人間にしかできない「仕事」の部分を行う時間を創り出す工夫をしましょう、とお勧めしています。
しかし、残念ながら前記「仕事をしている間」は、側目に観ると仕事をしていないように見えてしまいます。反対に「作業」をしていると仕事をしているかのように観えます。その結果、作業をすることで仕事をしているようなフリをする輩が続出することになってしまいます。悩み解決しなければならない問題・課題は放置して、作業に逃げ込み、問題や課題を解決するタイミングを先延ばしにしてしまうのです。
これを防ぐには、問題に対する意識を鮮明にして、解決すべき問題・課題に優先順位をつけ、時間配分を明確にしたうえで集中(期限を設定)して問題・課題の解決を図るようにし、作業は空いた時間に行う習慣づくりを心がけるしかないのではないかと思います。

2012年3月28日水曜日

PFドラッカー365の金言より 227

<< 本文 >>  「未来への決断」
人はコストではなく資源である。
働く人達こそ同僚であり、主たる資源であるとの私の考えに、最初に敏感に反応してくれたのが日本企業だった。真の生産性は、働く人達にそのような敬意をもつときにもたらされる。
人はコストではなく資源である。共有する目的に向けて共に働くとき、大きな成果が得られる。マネジメントとは地位や身分ではない。かけひきでもない。仕事、生活、人生にかかわることである。
成長するものとして人を見ることが大切である。そして、共に学ぶことが大切である。学んだことを使えるようにすることが必要である。

(コメント)
全く同感です。
経営相談に応じるとき財務分析をしてアドバイスをしますが、このときに「人件費比率」という言葉をよく使います。この時、私はいつもこの言葉に後ろめたさを感じています。人件費とは人はコストという考えを元にしたものだからです。
私は基本的に「人は成長・変化するものである。だから教育訓練をして能力を高めることが必要である。給与・賞与は、成果を分かち合う手段であると同時に、そのための投資の一部である」と考えているからです。その意味では給与や賞与の一部は投資であると言えます。投資ですから、人選、方向性、方法、時機を間違えて教育訓練投資するとリターンは少なくなります。教育訓練と言えどもON-JTがベースとなります。OFF-JTはON-JTでは補えない部分を補う方法に過ぎませんから、ON-JTを行う習慣がない企業が従業員にOFF-JTを受けさせても効果はあがりません。仕事をしながら教育訓練をして、そのときに「人としてのモノゴトの考え方(人生や生活)」も自然と教育していくことが大切です。人生や生活について教えることなく仕事のこと(技術的なノウハウ)だけを教えていると、人間として偏った人間になってしまいます。ときには論語のような古書をひも解いてみることも必要になります。人生や生活を押し付けるのではなく、自らで悟らせていくことが大切なのです。最近の企業動向を見ていますと、景気が低迷する中で競争が激化している結果、これをするユトリと心構えがなく、人を使い捨てのように使い捨ててしまっている企業(人をコストとしてだけ見做している)をよく目にしますが、これでは早晩企業は行き詰ってしまいます。銀行など金融資本と民間経営者の一番の違いはここにあるような気がします。

2012年3月27日火曜日

PFドラッカー365の金言より 226

<< 本文 >>  「ネクスト・ソサイエティ」
今日、人材マネジメントが大きく変わりつつある。雇用業務代行会社(PEO)が急成長しつつある。主たる原因は雇用関係規制と記帳報告義務の増大であり、それを処理するための専門能力へのニーズの増大である。雇用業務代行会社は主として中堅企業と中小企業を顧客にしている。この代行務を利用することによって、規制への対応と記帳業務から解放され、その分、本業に力を入れることができるようになっている。コンサルタント会社の調査によれば、これら雇用業務や人事業務のアウトソーシングは、30%のコスト削減と大幅な従業員満足をもたらしているという。

(コメント)
先生がここで言われる雇用業務代行会社(PEO)は、日本では社会保険労務士が公式の資格とされています。ただし、社会保険労務士にも、会社の人事労務を専門とする人、年金を専門とする人ほか色々な専門分野に分かれています。
手前味噌となりますが、私は会社の人事労務を専門とする社会保険労務士です。諸届事務代行、給与計算代行、労働紛争解決、社員教育、給与・退職金制度の提案、組織図の提案、戦略立案のためのコーチング他、会社が円滑に運営できるように、また本業に専念して頂けるように、人事・労務管理を受託しています。会社は私に社内情報を提供する社内担当者を指名するだけです。
ここ数年を振り返ってみますと、経済環境が厳しい中で法律が頻繁に改正された結果、大手企業でも人事労務管理が法律と現場現状に対応しきれていない会社が沢山あります。このような会社とは、事務代行契約は締結せずに、社内の総務部(人事部)に対するアドバイザー契約(セカンドオピニオン契約)を締結して労務監査を中心業務にしています(詳しくはH.P http://msr530706.jimdo.com をご覧ください)。
この仕事をしていて、一番大切なことは「双方の信頼関係」であることを痛感します。人事・労務に関する情報(個人情報)と企業機密の一部を私に提供する訳ですから、信頼関係が構築されいなければ法に抵触してしまう場合があり得ます。そのため、私から積極的な宣伝広告をすることはなく、社長から社長へのご紹介でお取引先が増えて行っている状態です。尚、個人情報取扱いに関しては万全を期していますが、全国社会保険労務士会から個人情報保護認定事業所(SRP)の認定も取得しています。

2012年3月26日月曜日

PFドラッカー365の金言より 225

<< 本文 >>  「ネクスト・ソサイェティ」
現代の労働者の仕事は専門的である。余りに専門的であるが故に、ほとんどの組織において細分化されざるを得ない。従って、現代の労働者(知識労働者)を基盤とする組織にとっては、それら細分化された専門知識をいかにマネジメントするかが大きな課題となる。

(コメント)
先生はこの本文の後に、アウトソーシングできる業務はアウトソーシングして出来うる限り本業に専念するよう心がけた上で、全体をマネジメントすることの大切さを説かれています。
しかし、私はこの本文を用いて、マネジメントの重要性が高まっていることを理解して頂きたいと思います。専門的になった個々の労働者又は職務のいずれか一つがどんなに優れていても、それが本業に直結するものでなければ、それが組織全体に対しておこなう貢献は僅かなものとなってしまいましす。
どんなに上手いバイオリン奏者がいても、全体をうまくコーディネイトできる指揮者がいなければ、その楽団は良い演奏を行うことは無理となります。指揮者が重要なのです。そして、楽器を運送する運転手、舞台装置係や照明係は外注すれば良いのです。
しかし、残念ながら、指揮者は直接的な成果(音を奏でる)を上げませんから、日本の中小・中堅企業では従来から軽んじられてきました。
チームとグループは違います。チームとは「共通の目的と目標をもち、力を合わせてそのゴールを目指している集団」のことを言います。一方、グループとは「人間の集団」であり必ずしも共通の目的・目標をもっているものではなく、烏合の衆である場合もあります。グループをチームに変えるためにはマネジメントが必要不可欠なものとなります。
色々な会社のご相談を承っていて、営業部長の延長戦上で仕事をしている社長、一般社員と同じように自分一人で実績を上げようとしている部長が多いことは気にかかることです。

2012年3月25日日曜日

PFドラッカー365の金言より 224

<< 本文 >>   「新しい現実」「明日を支配するもの」「ネクスト・ソサイエティ」
雇用の担い手としての製造業の地位の低下は、間違いなく新たな保護主義をもたらす。最初の反応は、寒風から自らの庭を守るための障壁の構築である。しかし、いかなる障壁といえども、国際水準に達していないものを守ることはできない。さらに脆弱にするだけである。
成果をあげうるうえでの最大の障害は、われわれの視野を狭める昨日の問題である。

(コメント)
過去のものとなった既得権を守ろうとすると、視野が狭くなり、成果をあげられなくなってしまう。自国の産業を国際競争から守るために保護すると、自国のその産業はぬるま湯に浸かってしまい、寧ろ脆弱化してしまうことは過去の歴史が証明しています。
いまの日本経済は正にこの状態に陥る危険性を孕んでいるのではないでしょうか? パナソニックほかの家電業界が韓国と中国の家電メーカーに敗れ、電子部品のエルピーダは韓国のメーカーに敗れてしまっています。一方では、労働者保護を表題として労働市場に対する法的規制は厳しくなるばかりです。このまま労働者偏重の法規制を行っていると、日本のメーカーは他国と比較して労働条件が厳しい日本国内から海外に移転し始めます(既に移転し始めています)。
アメリカのGEは一端は倒産しましたが、それまでボトルネックとなっていた労働者の医療保険と退職金に関する足枷を無くすることで見違えるような返り咲きを果たしました。日本のJALにしても、稲盛翁が既得権を主張する労働者に対して「あなた方の会社は既に倒産したんですヨ!!」と訴えかけて意識変革を迫ることで急激な業績改善を果たしました。
過去の約束や既得権を主張しても、それを維持する体力が会社になければ、会社は倒産し、主張していた労働者は自ら職を失ってしまいます。もし、それを地域労組のような部外者が会社外部から主張するとすれば本末転倒です。地域労組は会社が倒産しても自らに痛みはありません。
自国資源の乏しい西洋(ヨーロッパ)諸国は、「ISO基準」「個人情報保護」など資源も資金も必要ないことを世界に普及させることで自国経済を守りました。
現実(事実)を直視し、自らの体力と力量(競争力)を考え、法律に偏重した考えで権利を主張するのではなく、「人としての道(徳治)」と「法治」のバランスをとりながら現状を打開する対策を会社と従業員とが共考・共業することが必要な時代となっているようです。